H-1. 脳腫瘍 のうしゅよう 総論

 脳腫瘍とは、一般的に「頭蓋内にできた腫瘍」で脳そのものの腫瘍と頭蓋骨や脳を包む膜の腫瘍なども含みます。
 一口に「脳腫瘍」と言ってもその種類は非常にたくさんあります。発生する場所も、悪性度などの腫瘍の性質も、治療方法も様々です。 また子どもの脳腫瘍は成人よりさらに多彩です。
 本項では脳腫瘍全般に関わる総論とそれぞれの腫瘍について解説した各論で解説して参ります。












1.小児がんとしての脳腫瘍

 国立がん研究センターの統計によると、小児がんの発症は1年間で2000-2500人とされており、そのうち16%が脳腫瘍であるとされています。
 脳腫瘍は後述するように摘出すれば治癒する良性腫瘍から非常に予後が悪い悪性腫瘍までさまざまですが、この統計上は全て「小児がん」として集計されています。


2.子どもの脳腫瘍の分類

 「脳腫瘍」と言ってもその種類は非常にたくさんあります。腫瘍の発生部位や、摘出した腫瘍を薄く切って顕微鏡で観察する「病理診断」で分類されています。
 腫瘍によって成人に多い脳腫瘍、小児に多い脳腫瘍があります。
 最近、腫瘍は細胞の遺伝子変化の結果生じるとわかってきており、腫瘍細胞の遺伝子変化による分類もされるようになってきました。
 小児の脳腫瘍が成人のそれと大きく異なることは「多彩である」という点にあります。そもそも「小児」と言っても新生児から思春期まで年齢的にも 非常に幅がありますし、一口に「小児脳腫瘍」といっても実にたくさんの種類の腫瘍があります。また既存の分類に当てはまらない腫瘍に遭遇することも珍しくありません。
 代表的な腫瘍についてそれぞれの項目で解説します。


3.子どもの脳腫瘍の診断

@ 子どもの脳腫瘍の症状
 脳腫瘍の症状は、腫瘍の発生箇所や腫瘍の種類によって異なります。
 成人では大きく「頭蓋内圧亢進症状」「巣症状(発生箇所の局所症状)」「てんかん」などに分けられますが、 特に幼少児では自覚症状の訴えができないため、症状の把握が難しくなります。
 英国で行われたHeadSmartプロジェクト(https://www.headsmart.org.uk)では小児脳腫瘍の初期症状について、 どのような場合に脳腫瘍を疑うべきかを記しています。
 新たに発生した持続する(4週以上)頭痛、2週以上続く悪心・嘔吐、2週以上続く眼科的異常(みえにくい,2つに見えるなど)、 2週以上続く運動異常もしくは運動の退行(できなくなること)、嗜眠(眠ったような状態)、成長障害、思春期早発・思春期停止、 多飲・多尿などが記されています。
 非特異的なものが多く、また脳腫瘍の頻度の低さから、一般の小児科医がこのような症状で脳腫瘍を想定することはなかなか難しいのかもしれません。


A 子どもの脳腫瘍の検査
 脳腫瘍が疑われた場合にまず行われるのが脳の画像検査です。代表的な検査がCTとMRIです。
 CTは放射線による脳の断層撮影で、利点は短時間で撮像可能なこと、急性期の出血の診断に優れること、骨の疾患や石灰化の評価に優れることなどがあり、 欠点は放射線被曝があることと言えます。
 MRIは磁気による検査で放射線被曝はありません。利点は、脳内の細かい病変までとらえられることや、造影剤なしでも血管の評価ができること、 脳の代謝の評価なども可能なことで、腫瘍の診断にはCT以上に重要ですが、撮像時間は長くなります。
 乳幼児・幼小児の場合はいずれも鎮静が必要で、特にMRIは長時間検査でわずかな体動でも画像の質に影響するので必須です。 また造影検査が必要なことも多く、CTの場合はヨード系造影剤、MRIではガドリニウム造影剤が用いられ、気管支喘息や腎機能障害の場合使用の制限があります。 その他の画像検査には核医学検査のPETなどがあります。
 脳腫瘍のうち胚細胞腫瘍では血液や髄液での腫瘍マーカー検査が重要です。また下垂体近傍の腫瘍の場合は、下垂体ホルモン検査も必要になります。
 手術摘出標本には、病理診断検査が行われます。摘出した腫瘍を固定後薄切し染色して顕微鏡で観察し診断します。 最近はさらに腫瘍の遺伝子を調べることにより、それらを総合して腫瘍の最終診断としています。
 小児脳腫瘍については、JCCG(日本小児がん研究グループ Japan Children’s Cancer Group)の固形腫瘍観察研究等の研究として、 日本国内の脳腫瘍の病理診断と遺伝子診断の中央診断を行うシステムが確立しています。


4.子どもの脳腫瘍の治療

   脳腫瘍の治療の中心は、手術と補助療法(放射線治療、化学療法:抗がん剤治療)です。
   ここでは総論的な内容を述べます。各腫瘍の治療法はそれぞれの解説をご覧ください。

@ 手術
 手術は小児脳神経外科医によって行われます。腫瘍によって手術で摘出できないもの(場所)や、手術で全部摘出すればそれだけで治るもの、 診断のための生検(腫瘍組織を一部採取すること)だけで補助療法が非常に効くものなど様々です。
 多くの腫瘍では可及的摘出といって、可能な限り正常組織を損傷せずできるだけ多くの腫瘍を摘出することを目指して手術が行われます。 安全に摘出するために、手術前にシミュレーション画像を作成したり、手術時にナビゲーションという機器を用いて術野の位置と画像所見をリンクさせたり、 またモニタリングといって術中に様々な刺激をして正常構造物を把握するなどの、様々な新しい技術が発展してきています。
 手術用の機器も、手術顕微鏡、手術用内視鏡(軟性鏡・硬性鏡)の他にも外視鏡なども開発されどんどん進化しています。


A 放射線治療
 放射線治療は放射線治療医が担当します。
 放射線治療としては、直線加速器であるLinac(ライナック・リニアック)による放射線照射がおそらく最も一般的に用いられていますが、 照射方法を工夫して効果を上げる方法も発達し、強度変調放射線治療(IMRT)などが行われています。
 腫瘍局所だけに放射線治療を行う、定位放射線治療としてはガンマナイフやサイバーナイフなどが用いられます。 また正常組織の照射量を減らし病変部に高線量照射が可能な粒子線治療も発達し、そのひとつ陽子線治療は小児に保険適応となりましたが、施設が限定されます。


B 放射線の晩期合併症
 子どもに対する放射線治療の問題に晩期合併症があります。
 放射線治療で腫瘍が治癒しても、大脳への照射の影響で発達が遅れたり、神経認知機能やホルモン異常などの障害が後々出現し自立生活の妨げになる場合があります。 これを避けるべく、3歳未満ではできるだけ大脳への照射を避けるのが一般的です。また3歳以上でも可能であれば照射量を減らす試みが行われています。 治療効果が減じる部分は、化学療法で補います。


C 化学療法(抗がん剤治療)
 化学療法の方法も多くの知見の集積によって、かなり確立してきており、腫瘍の種類によってプロトコールが決まっているものもあります(各腫瘍の解説をご覧ください)。
 放射線照射量を減じた部分を補うために、大量化学療法という方法も用いられるようになりました。 大量の抗がん剤は腫瘍に対する効果もありますが、正常組織、特に骨髄機能に強い影響があるため、大量化学療法の場合は自己末梢血幹細胞移植を併用します。
 これはあらかじめ治療前に患者さんの血液から「幹細胞」という骨髄細胞のもととなる細胞を採取しておき、大量化学療法後に患者さんに移植するという方法で、 小児血液腫瘍科医の協力無くしてはできません。以前は化学療法も小児脳神経外科医が行っていましたが、現在は多くの施設で小児血液腫瘍科医が担当するようになってきました。


D 抗がん剤の長期合併症
 抗がん剤でも長期的な合併症が考えられます。聴力障害、末梢神経障害、妊孕性の問題、二次がんなどがあり、長期的なフォローアップが必要です。
 妊孕性の問題では卵子や精子の保存なども行われる場合があります。
 放射線治療も含めた晩期合併症の対応については,海外のものではCOG(Children’s Oncology Group)のガイドライン(http://www.survivorshipguidelines.org) があり、国内でもJCCG(日本小児がん研究グループ Japan Children’s Cancer Group)の小児がん長期フォローアップガイド(http://jccg.jp/about/clinicalresearch_list/tyouki-fu/)があります。
 妊孕性については日本癌治療学会のがん診療ガイドライン(http://www.jsco-cpg.jp)が参考になります。


E 新しい治療
 がんゲノム医療が保険収載されました。これは個々の腫瘍における遺伝子変化を網羅的に検索し、それに基づく治療薬を見つけようという、 個別化医療です。その適応として「稀少疾患」があり、小児脳腫瘍はそれ自体が稀少疾患ですので適応になると考えられます。
 一般的な抗がん剤は腫瘍の細胞分裂を抑制するものが多く腫瘍の種類によって選択されますが、個別化医療では患者さん個々の腫瘍の遺伝子変化によって 有効な分子標的薬を見つけて治療します。
 成人脳腫瘍では、手術前に投与し腫瘍に取り込ませた色素に手術中に特殊な光線をあてて治療する光線力学療法や、 頭部に電極を貼って脳全体に電気を流す脳腫瘍電場治療などが新しい治療法として用いられていますが、まだ小児に対しては治験の段階です。
 様々な免疫療法も研究されています。


F チームとしての小児脳腫瘍治療
 これまで述べたように小児脳腫瘍治療の多くは、小児脳神経外科医だけでなく、画像診断医、小児血液腫瘍科医、放射線治療医などの複数の科でチームを組んで 行っていく必要があります。
 合併症でも内分泌障害の場合は小児内分泌科医の協力も必要で、その他それぞれの病態に応じた対応が必要です。 医師以外の医療スタッフ(看護師・リハビリテーション療法士・心理士その他)の関わりも重要です。 さらには地域のかかりつけ医との病診連携や学校との協力も必要となる場合もあります。
 小児脳腫瘍の治療では、この総合的・包括的な多職種連携チーム医療がとても重要であることを強調させていただきます。


5.小児慢性特定疾病の申請

 子どもの脳腫瘍は、悪性良性にかかわらず「小児慢性特定疾病の医療費助成」の対象となります。詳細は下記ホームページか各都道府県でご確認ください。
     https://www.shouman.jp

 脳腫瘍の病理診断がついた時点で、該当する疾患の申請書や医療意見書をダウンロードし、医療意見書は医師に記載してもらう必要があります。
 脳腫瘍は大分類では「6 中枢神経系腫瘍」となっており、細分類では70-91までの22に分類されています。
 病理診断名によって書類が異なりますので、すこし面倒ですが十分ご確認ください。


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