H-10. 頭蓋咽頭腫 ずがいいんとうしゅ

    
    

1.概要(小児頭蓋咽頭腫の疫学)


 全年齢における発症率は0.5〜2人/100万人/年ですが、そのうちおよそ30%が小児・思春期に発症します。
 頭蓋咽頭腫は小児期に発症する良性の鞍上部腫瘍であり、また、小児の全脳腫瘍中約8%を占めます。
 生命予後は良好とされており、汎下垂体機能低下症に対するホルモン補充療法も適切に行われますが、 視床下部性の重症の肥満や内分泌機能低下が死亡率上昇のリスクとなっています。
 しかし、生命予後的な見地からでは「良性」群に分類される小児頭蓋咽頭腫であっても、 その長期臨床経過及び合併症に伴う学童社会生活への復帰困難な現状が多いことなどからは、 「死亡しない悪性脳腫瘍」の異名すら持ち得る腫瘍群と認識をしております。



◆ 医療者向け ◆

【参考文献】(以下の各項目に適応)

  1. MerchantTE et al, Int J Radiat Oncol Biol Phys. 53:533-542. 2002

  2. Pieere-kahn et al, childs nerv Syst 21:817-824, 2005

  3. Daniel S. Olsson, (J Clin Endocrinol Metab 100: 467-474, 2015)

  4. Sorensen K, et al. Consortium Health Literacy Project European. Health literacy and public health: a systematic review and integration of definitions and models. BMC Public Health. Jan 25;12:80, 2012.



2.症状(小児期発症頭蓋咽頭腫の初発症状)


 初発症状は頭蓋内圧亢進による頭痛・嘔気が一般的でありますが、 それぞれの頻度についての詳細な数値は明らかではありません。
 報告者により頻度は異なるものの、内分泌障害に起因する症状が前景に出ることは少ないですが、 血液学的精査によって下垂体ホルモンの分泌低下が認められます。
 初発時のホルモン欠損は摘出術後に悪化することが多いとされており、 初発症状の内訳として内分泌障害が全体の40-87%を占めています。



3.検査・診断(入院・術前精査・評価の難しさ)

 小児頭蓋咽頭腫の患児は、その大半が上記初発症状を主訴に緊急入院してきます。
 成人であれば、頭蓋内精査に加えて入院時において、視力障害の程度、嗅覚障害の程度、 そして高次脳機能を正確に検査することが可能ですが、小児症例においては、 まずこの入院時検査の時点で大きなハードルがあります。その中で、視力検査や高次脳機能検査は、 その全身状態から特に困難を極めます。


1)視機能障害(長期予後)
 ・初診時における視機能障害(50%以上)
 ・視力障害・視野障害 術後の改善(41〜48%)
 ・永続的視野障害のリスク:
       術前の視機能障害の有無
       腫瘍の視交叉への進展
       経蝶形骨洞手術では視機能予後の改善


 視力視野検査に関して述べると、乳幼児症例では、特に水頭症などを合併している臨床症状悪化症例では術前の視力視野評価は困難を極めます。
 ただし、眼底所見の左右差は、外科的摘出術のアプローチ選択において非常に大切な臨床情報源となります。 ただし学童期になれば視野検査はできなくてもフリッカー値測定であれば、検査時間も短時間であるため協力的に応じてくれる可能性があります。
 やはり両側視機能障害の左右差だけでも、治療前に把握しておく必要性があると思います。


2)視床下部障害(長期予後因子)
 ・満腹感の欠如による過食と肥満
 ・全身倦怠感
 ・身体活動の低下
 ・概日リズムの障害:睡眠の不規則性・日中の眠気
 ・体温調節障害
 ・循環器自律神経系の異常


 視床下部障害は、診断時の35%には既に認められるといわれています。 そして、それ以上にこれらの機能不全は、全摘出術後に65〜80%に増加するという報告もあります。 機能予後として患児童のQOLに術後に大きく影響するのは視床下部障害なのです。
 初診時の視床下部障害の同定は困難であることが多く、臨床症状としては記銘力障害や行動障害などの精神症状の有無、 満腹感の欠如による過食と肥満、全身倦怠感、身体活動の低下などを丁寧に患児本人及びご家族に問診する必要性があります。
 また、概日リズムの障害としての睡眠の不規則性・日中の眠気などは学校の先生からの情報収集も必要となります。 その中で、最も見落とされる傾向の臨床症状に、体温調節障害や循環器自律神経系の異常が挙げられます。

 特に患児とそのご家族を苦しめる視床下部性肥満症は、視床下部における腫瘍および疾患に起因します。
 小児脳腫瘍のなかで頭蓋咽頭腫によって引き起こされる視床下部性肥満は、大きな問題となっています。 前述した様に、良好な生存率にもかかわらず頭蓋咽頭腫患児は、心血管死亡率の高さにつながる重度の肥満が半数に至り、 長期的な後遺症の多い生活の質の低下をもたらします。
 重度肥満の要因は、満腹シグナルの伝達経路が内側および後部視床下部の神経核を経由しているため、 これらの損傷が、過食、急激な体重増加、脳内でのインスリンおよびレプチン抵抗性をもたらします。
 交感神経活動の減弱がエネルギー消費を低下させ、脂肪組織におけるエネルギー貯蔵を増加します。



4.治療(外科的摘出術)

 外科的アプローチとしては、経鼻(経蝶形骨洞)的腫瘍摘出術と開頭腫瘍摘出術に大別できます。
 小児頭蓋咽頭腫に対して、どちらの摘出術が適しているかという一元的な議論は難しく、 実際の臨床の現場では、患児の年齢、腫瘍のサイズ、伸展方向、正常解剖構造と腫瘍の位置関係、 一期的手術か二期的手術を目指すかなどで最終選択をすることとなります。
 各施設間での得意とする外科的アプローチは分かれるところですが、小児頭蓋咽頭腫において初回の手術時の摘出率と、 術後合併症の程度がその後の患児の予後を大きく左右するため慎重な選択が求められます。
 脳神経外科医は、腫瘍摘出率に治療の重点を置く傾向にありますが、術後の合併症(視床下部、下垂体機能障害,高次脳機能障害など) の程度と手術アプローチの相関関係などについては、今後は他施設において後方視的のみならず前方的な臨床研究検討として重要になってくると考えます。



5.予後(術後合併症)

1)下垂体ホルモン
@尿崩症:17〜27%
    ・術後の悪化:腫瘍の進展と視床下部への浸潤
    ・術後一過性尿崩症:80〜100%
    ・永続的尿崩症:40〜93%

 初診時における下垂体機能障害は全体としては40〜87%でありますが、尿崩症に関しては術後に永続的なデスモプレッシンによる補充療法が必要となる例は 過半数に至ると考えられます。
 尿崩症そのものが生命予後に影響するかの直接的な証明はありませんが、尿崩症を発症しているand/or発症した群の標準化生存率は上昇を認めます。
 小児症例の場合、術後に口渇中枢さえ破壊されていなければ点鼻薬(極端な視力障害がない場合)であっても、 内服薬(食事制限のハードルはある)であっても薬の使用指導を行い退院後も学童生活に復帰することは難しくない。
 しかし、口渇中枢が破壊されている場合には、水筒に決まった容量の飲み水を入れて登校し、1日での飲水量を徹底させる必要性がある。 飲水摂取を怠ると、夏期などはどんなに点鼻、内服薬を徹底してる場合でも、高張性脱水にて救急搬送されることは珍しくありません。


A成長ホルモン(GH)分泌不全:初診時:26〜75%
    ・臨床的には数年前から観察される成長障害
    ・術後:70〜92%
    ・成長ホルモン補充療法への反応:70%は良好
    ・GH補充療法は頭蓋咽頭腫の再発率に直接影響しない

 診断時に肥満を伴っていた小児頭蓋咽頭腫患者でGH補充を行わずに経過観察中の成長率が保持された児もいる中で、 成長促進を目的とせずにGH補充を行い体脂肪の低下と筋肉量の増加・インスリン・血清脂質を含む生化学的な代謝の維持に GH補充が有用であったとの報告もあります。



2)視床下部障害
    ・肥満症
    ・尿崩症
    ・下垂体前葉機能障害(GRH・TRH・CRF・LH-RH)
    ・体温調節機能不全

 視床下部性肥満では食行動調節以外の視床下部機能にも障害が及び、肥満以外の種々の症状を示します。
 主なものは1)不眠症を含めた睡眠覚醒リズム障害、2)体温調節異常、3)内分泌異常などです。

 また腫瘍などによる頭蓋内圧迫症状としての視野欠損、頭痛症状も認められます。
 小児期発症の頭蓋咽頭腫について、現存の下垂体ホルモン補充は有効ですが、視床下部障害の回復には不十分であると思われます。 特に視床下部障害による肥満は、摂食調節異常とエネルギー消費の減弱が主因であるため、肥満による二次障害が、 小児期以降の合併症有病率と死亡率上昇に寄与しているのが現状です。
 現時点では、有効な根拠のある薬物治療は乏しくエネルギー代謝での恒常性を保つ病態生理に基づいた知見が、 治療向上のために必要で、今後治療指針を確立するためには、下垂体機能・視床下部機能・高次脳機能などを含めた長期治療成績に基づく解析が重要と考えます。
 近年、心血管疾患の発症率が増加、診断後5年でメタボリック症候群のリスクが3倍に増加するとの報告もあります。

 それでも、患児とご家族の術後視床下部性肥満との闘病生活は、涙ぐましいものがあります。
 小児頭蓋咽頭腫患者の初診時の肥満発症頻度は12〜19%と言われており、体重増加は下垂体ホルモンの補充を十分に行っても発症してしまいます。
 食事制限のみでの治療法では、非常に効果が乏しく視床下部におけるエネルギー調節の障害、身体活動の阻害、 概日リズムの障害により重症肥満を引き起こすとされています。
 初診時の肥満の程度は治療後の6ヶ月もしくは12ヶ月での肥満と相関するとされており、治療後の重症肥満の発症頻度は55%に達するとの報告もあります。

 また、臨床の現場では,上記の術後視床下部性肥満に対するGH補充開始のタイミングが非常に議論となることが多いのが現状です。
 初回摘出後に残存腫瘍がある場合や、再発放射線治療直後などにGH補充を開始することで腫瘍の再再増大を誘発することを危惧してのことです。
 初回術後から2年以上経過していれば、GH補充を開始しても再発のリスクは低いといわれていますが、2年という期間に明らかなエビデンスがある訳ではありません。
 GH補充療法開始のタイミングは、患児(注射が怖いことから、GH補充を嫌がってしまい途中断念する患児も少なくない)本人と、 ご家族とに主治医がしっかりとしたインフォームド・コンセントを行った上で勧める必要があります。
 その際に、治療提供側は外科、内科、放射線科などの各々の立場から意見を十分に議論した上で統一見解に至り、 治療選択肢を提示しない限り、益々患児を迷わせてしまうことになりかねません。



3)てんかん
 頭蓋咽頭腫にかかわらず、小児脳腫瘍治療中の患児には皆このてんかん発作治療の問題がつきまといます。
 頭蓋咽頭腫特有のてんかん発作という分類がある訳ではありませんが、乳幼児頭蓋咽頭腫では腫瘍の嚢胞内容成分が術前から漏洩し 髄膜刺激症状を伴ったてんかん発作には注意しなければなりません。
 また、腫瘍摘出後の難治性てんかんに治療においては、視床下部障害からの傾眠傾向に抗てんかん薬の副作用としての傾眠障害が重複する可能性もあるため、 治療薬の種類、投与量、投与期間には十分な検討が必要となります。
 視床下部障害としての過食症、易刺激性、攻撃性、易怒性などが85%に認められ、うつ状態が64%で薬物療法を要したとの報告があります。【前述参考文献:1,2】



4)高次脳機能障害
 術後に高次脳機能障害を精査するにあたり、まず大切なのがどの心理検査・評価項目を用いて評価を行うかということです。
 一般的にはWISC-III,IV 知能検査(Wechsler Intelligence Scale for Children),DN-CAS(Das-Naglieri Cognitive Assessment System)、 田中ビネーなどが挙げられるが、それぞれの年齢相に応じた評価項目を選択する必要性があります。
 問題点は、脳外科医、内科医から臨床心理士に高次脳機能評価依頼を行い、その評価検査結果のみを、 口頭で患児とご家族は告げられるのみで、詳細な説明がもられないまま路頭に迷っていることが非常に多いことです。
 IQ値の変動だけを伝えられても、患児も本人も日常生活において改善の糸口がつかめないのです。
 頭部MRI上は腫瘍再発なく、下垂体ホルモン値上、ホルモン補充は順調に行えていることと、 頭蓋咽頭腫治療後の患児が順調に学童復帰できることとはイコールではないことを、治療スタッフ側は熟知しておく必要性があります。
 特に、学童生活サポートは復学する学校側への病態の理解をして頂く上で、退院後(可能であれば退院前の入院期間中から)の外来診療において重要な役割を果たします。
 そのためには、病院ケースワーカーの介入も必須ですが、専門の臨床心理士により下位検定(プランニング、注意喚起、同時処理、継次処理) をしっかりと行って頂き、それぞれの患児に応じた、家庭内、学童生活内での対応策を構築してアドバイスすることが理想的です。
 これらの評価が機能すれば、術後患児が普通級に復学可能なのか、支援級(科目別でもよい)に進級した方が患児の負担を減らすだけでなく、 高次機能障害の部分を補う様な授業形式をとってもらうことも、学校側との協議で可能となってくる。
 可能であれば、通常の外来通院時に、専門の臨床心理士との面談時間を設けることが理想と思われます。



6.腫瘍再発時 放射線治療

 鞍上部、視交叉周辺、その他播種性再発病変を頭部MRI上指摘された場合、治療選択肢となるのが定位放射線照射です。
 定位放射線照射には、ガンマナイフに代表される1回照射の定位手術的照射(Stereotactic Radiosurgery:SRS)と、 数回に分割して照射する定位放射線治療(Stereotactic Radiotherapy:SRT)に大別されますが、 そのどちらを選択するべきか、術野で実際に腫瘍を摘出した外科医と放射線治療医とが、解剖学的再発部位と必要照射量から議論決定する必要性があります。
 ここで、小児特有の問題点が治療中の麻酔鎮静問題です。中高学年以上の学童期の患児であれば、MRI撮像時に行う鎮静レベルで検査時間安静 を保てることがあるかもしれませんが、低学年学童期以下のお子様では、完全な挿管呼吸器管理下での全身麻酔が必須となります。
 麻酔科、臨床工学士、看護師の協力体制の構築は最低限であり、それ以上の院内医療安全上の問題点、また保険診療上の問題点等からこうした、 低年齢発症の頭蓋咽頭腫再発症例に対する放射線治療には多くの解決すべき問題点があります。



7.頭蓋咽頭腫における標準化死亡比

 スウェーデンにおける24年間の死亡率統計をもとに頭蓋咽頭腫患者における標準化死亡比では、 小児の生存率はそれぞれ、5年100%、10年96%、15年89%、また、生命損失年数は成人の9年に比して55.1年です。
 2型DMのSIR(標準化罹患比)は34倍、重症感染症のSIRは14倍,脳梗塞は365倍でした。【前述参考文献:3】
 下垂体機能低下症を有すると、心血管ベントでの死亡率は上昇します。
 小児における標準化死亡比は17倍と他の報告の多くは3〜9倍とするものが多い中、Erfurthらは心血管疾患による死亡率は3〜19倍との報告もあります。
 このことから、頭蓋咽頭腫は腫瘍そのものによる死亡率よりも、一般的な小児がん治療において2次癌発生がある様に、 術後合併症による死亡率に注意しなければならいということでしょう。

 小児頭蓋咽頭腫は生存率そのものの維持はできても、診断、手術加療後に、長期間ホルモン補充療法を継続する必要性を認めます。
 患児は、学童生活や社会生活への復学・復帰の際に様々な問題へと直面している現状があります。 しかし、小児期から学童期、成人期に渡っての長期医療サポートが必要となる訳ですが、それぞれの治療期間に応じて主治医が、 小児医から脳神経外科医、そして内分泌内科医、内科医などと交代することも珍しくはありません。
 そのため、患児本人は、一体自分の主治医はどの先生なのか、自分のことを一番分かってくれているのはどの先生なのかと 不安な境地に追い込まれてしまうことが非常に社会問題となってきます。

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